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レビュー>『式日』

『式日』/監督:庵野秀明 原作・主演:藤谷文子


人形


 だれかに愛されたいと切実に願う。だが愛されたとき、それは背負い切れない重荷となる。
 重荷なのは、それが愛ではなく依存に過ぎないから。じゃ、愛って?

 庵野秀明監督の実写作品。
 とりあえず、あらすじ、というかいつもの覚書。当然ネタバレ注意。


・“カントク”はひとり故郷の町に滞在している。アニメ作品の監督をしてきたらしいが、ほんとうは実写作品を撮りたい気持ちが強いようだ。自分の作品に(あるいは芸術論に、それとも人生に?)限界を感じている。

・晴れた日、ひとりの少女に出会う。赤い傘をさし、赤い靴をはき、異様な化粧をした線路に横たわる少女。“彼女”に魅かれるものを感じた“カントク”はつぎの日も線路を訪れる。

・出会うたびに“彼女”は「明日は私の誕生日なの」と繰り返す。「だから一人じゃないほうが好き」と。

・少女の住居につれられていく(ついていく?)“カントク”。もとは家具会社とおぼしき空きビルの鍵を“彼女”は持っていて、そこで暮らしいている。赤い部屋、赤いカーテン、赤い留守番電話、赤い椅子、赤い家具、赤い風鈴、何もかも赤。不潔ではないが、“彼女”の化粧と同様に混沌としてどこか“壊れて”いる。

・「おかあさん、ただいま」と呼びかけながら留守番電話の録音を再生する“彼女”。母親らしき女性の声。“彼女”を揶揄し、怒り、どなり散らす声。姉がいるらしいが、いいかげんいうことをきかないと姉のようになるとなじる。平然としている“彼女”。「明日はなんの日だかわかる?」問いかけに“カントク”は、たぶんきみの誕生日じゃないかなと答える。うれしそうに笑う“彼女”。「そう。だから明日も一緒に遊ぼ? せっかくの誕生日に一人はヤダもん」

・翌日はひさしぶりの雨。いつもの線路にいくが“彼女”の姿はない。空きビルにも“彼女”はいない。あてもなく雨の町にでると、赤い傘をさして高いところから呆然と町をながめる“彼女”。「雨の日はおとうさんとおねえちゃんの日なの。二人とも死んじゃったの。明日は私の誕生日なの」現実は“彼女”を傷つけるだけの敵で、出口を失った孤独が“彼女”の日常のすべてなのだと考え、“彼女”の孤独をすこしでもやわらげたいと独白する“カントク”。

・“彼女”には線路に横たわる他にも、いくつもの“儀式”があった。朝6時の時報。扇風機をかけて鳴らす鈴。屋上の手すりをこえてへりにたたずみ、手を離さずにいられるかどうかを確かめる。「私いないほうがいいのかな」

・住居を案内してくれるが、地下だけは入ってはだめと必死の形相で告げる“彼女”。立ち入り厳禁、カメラ禁止。

・少女との混乱した奇妙な共同生活が始まる。天真爛漫な“彼女”が、電話が鳴ったとたん、奇妙な表情をみせる。不安? 恐怖?

・妄想に逃げ込みたい“彼女”、屋上で自らの確認作業をくりかえす。「明日は私の誕生日」と今日を昨日に戻し、“明日”を迎えることのない日々、それが“彼女”の典型的な一日。

・夜明け近くまで起きていて、6時前にはかならず時報をきいている“彼女”。寝るのが怖いという“彼女”。真実に向き合うのが恐ろしく、睡眠ですら拒絶していると分析する“カントク”。

・港の廃墟でハードコア雑誌をひろう“彼女”。セックスが好きなのかと執拗に“カントク”に問いかける。そして「私は嫌い」と真顔でいう。

・地下に閉じこもる“彼女”。“カントク”は初めて地下へと降りていく。水浸しの床。ひらかれ、床に、天井にならべられた無数の赤い傘。赤い回転玩具がまわる下、白い浴槽に胎児の姿勢で横たわり「明日は雨でしょう? 明日は雨でしょう?」とうわごとのように繰り返す“彼女”。奇妙な祭壇のようなひな壇があることに“カントク”は気づく。祭壇には青いギター、そして無数の青いリモコンの車。なにげなしにタバコをくわえ、祭壇の赤いろうそくにも火をつけようとすると、頭から水を浴びせられる。「なにしてるの! 明日は私の誕生日なのよ!」血相をかえ、激しい口調でで叫ぶ“彼女”。

・つぎの日は雨。奇妙に高揚する“彼女”。家族の死が“彼女”の悲しみの正体ではないかと考え、“彼女”が自らの消滅を望んでいることを改めて確信する“カントク”。

・その翌日、“彼女”は地下室を“カントク”とカメラに解禁する。傘はたたまれ、かわりだといって自分のカメラをさし示す“彼女”。そのまま二人で外へ出る。

・「楽しいことってあった?」“彼女”の問いかけに、「そういうのって、パッと出てこないのはマズイよな」と苦笑する“カントク”。

・線路に横たわり、本を読む“彼女”。ふと車の中から“彼女”を見つめる男性の視線に気づく(“彼女”の父親?)。パニックに襲われたように、赤い傘をさがすが、今日から傘のかわりにカメラを持ち歩いていた。たまらぬように逃げ出す“彼女”。カメラは線路におきざりにして。

・再び地下室は開かれた傘でいっぱいになる。儀式も行わず、浴槽に横たわる。「明日は私の誕生日。明日は私の誕生日」つぶやきつづけ、回転玩具が停止するとパニックになってネジをまわす。

・青いギターを抱きしめ、「しあわせになれ。しあわせになれ」と繰り返しながら青い椅子のまわりをぐるぐる回る“彼女”。もはや“カントク”とは会話も交わさず、視線すらあわせることがない。

・翌日、猫をひろってきた“彼女”。やはり“カントク”とは目をあわさず、留守録の母親の声を再生しながら電話機に向かって猫を紹介する。猫に向かってささやく。「明日は私の誕生日なの」

・以来、儀式を行わぬまま、ひたすら猫とたわむれつづける“彼女”。睡眠も、そして食事すらとらなくなる。だがある日“カントク”は、猫に対して声を荒げる“彼女”を目撃する。

・その翌日、突然猫がいなくなる。猫に謝罪しながら頭を抱えてぐるぐるまわりつづける“彼女”。食事をさしだしても目にも入れない。そしてふと姿を消す。屋上にも地下室にもいない。

・一日が経ち、空きビルに戻ってきた“彼女”。呆然とたたずみ、手にしていたカメラをとり落とす。「おかあさんだ。おかあさんが中にいた。私、おかあさんになったんだ」放心したようにつぶやき、とつぜん叫び始める。地下室にかけこみ、部屋全体のシャワーを開放し、水槽に頭をつっこみ始める。あわてて引きずりだすと、狂ったように笑い始める。「なんであの時そばにいてくれなかったの!」笑いながら、泣きながら、暴れ続ける。おちつかせようと抱きしめる“カントク”の腕に“彼女”はちからいっぱいかみつく。“カントク”は苦痛にうめきながら“彼女”の髪をなでつける。ゆっくりとおちついていく“彼女”。“カントク”の胸に耳を当て「“カントク”の音だ」鼓動の音を優しい音と表現する。

・ついたてで仕切られただけの“彼女”の“部屋”で“彼女”に添い寝する“カントク”。ついたてには無数の“彼女”のスナップ写真やノートの切れはしのようなもの。目をさましたとき“彼女”は6時の時報をきき逃したことに気づく。屋上での儀式を再開するが、手すりのかわりに“カントク”の手を握りしめる。“カントク”に抱きつき、鼓動に耳をすませる“彼女”。「“カントク”の音、大丈夫っていってる」

・今日はどの線路にする? と問う“カントク”に「遊園地」と“彼女”は答えた。遊園地で大はゃぎ。“カントク”とともに道路に横たわる。目が覚めたときに隣に“カントク”がいると安心すると告げる“彼女”。“カントク”のカメラを強引に奪い、“カントク”を撮影し始める。“カントク”は、すこし機嫌が悪くなる。

・以降、“彼女”といることが楽しいと感じる時間より、うっとおしいと感じる時間のほうが長くなっていることに気づき始める。

・空きビルで、過剰に甘えてくる“彼女”にうんざりしたように、席を立つ“カントク”。嫌われたことを感じとり、置いてきぼりにされてしまうとパニックの様相を呈し始める“彼女”。おちつこうと留守録の母の声を再生するが、“彼女”をなじり続ける母の声に怒りを表出し、叫び始める。気が晴れぬまま、“カントク”の携帯に電話をかける“彼女”。答えた“カントク”がすぐそばに戻ってきていることに気づき、子どものように“カントク”に飛びつきすすり泣く“彼女”。“カントク”は、“彼女”を受け止め切れない自分に、無力感を感じ始める。

・翌日、屋上でまた“カントク”の鼓動をきく“彼女”。だが、依存の対象がかわっただけで妄想で構築された“彼女”の小さな世界は何もかわっていない。暴虐に踏みこんでくる“彼女”の過剰な甘えもまたかわらない。

・“カントク”は“現在の表現媒体”が暇つぶしとしての娯楽、もしくは現実に向きあえない人々の刹那的な癒しとしてしか機能していないことに対する憤りを独白する。他人との適切な距離が測れず、虚構に逃避しているに過ぎないと。自分自身もそうであることを自嘲し、適度な刺激と安心した時間をもたらす以外の映像が望まれていないと嘆く。

・“彼女”がひとり公園のステージで遊んでいると、通りがかった旧友が、少し離れてすわっていた“カントク”に声をかけてきた。不安そうに傍観する“彼女”の前に、ふいに一人の男が激しい声音で「おまえだろ」と声をかけてくる。逃げる“彼女”。追いついた男がつかみかかると「私はおねえちゃんじゃない」と“彼女”は叫ぶ。ふりきって逃げる“彼女”を襲う不安と恐怖の幻像。「大丈夫?」と“カントク”の声がきこえるが、幻聴。目をひらいてもだれもいない商店街がそこにあるだけ。

・空きビルで“彼女”を待つ“カントク”に、昼間出会った旧友から同窓会のさそいが入る。にぎやかに騒ぐ旧友たちのなかで、どことなく居心地の悪そうな“カントク”。

・空きビルに戻ると、“彼女”がどこにいってたのと“カントク”をなじる。友達と飲んでたとこたえる“カントク”に、“彼女”は執拗に嘘だといいつのり、女に会いにいっていたのかとなじる。「私には“カントク”しかいないの」とささやき「セックスすればずっとそばにいてくれるの?」と問いかける。「どこにも行かないで。私を見捨てないで。なんでもいうこときくから。私を嫌わないで」とすすり泣く。そしてつぶやく。「こんなことしたらおねえちゃんになっちゃう」……

・眠る“カントク”のわきで、“カントク”の携帯を弄ぶ“彼女”。女性の声に、“彼女”は携帯を床に叩きつける。やがて雷が鳴り目をさます“カントク”。プリントアウトされた紙が床に散乱する。“彼女”が読んだらしい(映画のシナリオ?)。どうかと問う“カントク”に「仕事だからしかたなしに私といるの? おとうさんといっしょなの? おかあさんといっしょなの? おねえちゃんといっしょなの?」と弱々しく問い質す“彼女”。泣きながら“カントク”の胸に耳を当てるが「もうきこえない。“カントク”の音がきこえない」とつぶやく。「なんでこうなるんだよ」頭を抱えてつぶやく“カントク”。

・翌日、姉の姿をした“彼女”が現れる。“彼女”はついに、“彼女”でいることも拒絶してしまったのだ。姉の口をとおして、家族や“彼女”の子どものころのことを語る。父親は“彼女”の誕生日に浮気相手と火事で死に、母親も“彼女”の誕生日に電車にひかれて死んだという。母親はひどい母親で、なにもかも人のせいにするひとだった、妹は姉と比較されて育ってかわいそうだった。どうしたらあのこは自分のことを好きになれるのか。

・姉の姿のまま、会いたい人がいると“カントク”に告げる。それは旧友と出会ったあの日に“彼女”を追っていた男だった。姉とつきあっていた男らしい。行き場のない“彼女”をおいていたこともあったらしいが、“彼女”の混乱にまきこまれたのか終始苛立ちわめきつづけていたようだ。男といい争う“彼女”。いつのまにか姉から“彼女”に戻っている。「もう帰れや!」と叫ぶ男に「もういなくなれ! おまえもいなくなれ!」と“彼女”は叫び、ひとり走りだす。

・祭壇の青い車を燃やす“彼女”。「バチがあたってもしょうがないよね。おねえちゃん私のこと嫌いなのに好きなふりしてたんだもん」泣きながらつぶやく“彼女”。

・夕刻「しあわせになれ。しあわせになれ」つぶやきながら線路に無数の石をおいていく。

・空きビルで、また電話のベルが鳴りつづける。地下室(いままで出てきた地下室とは別の部屋? 水はなく、部屋の真ん中に黒い電話機、白い壁)に降りる“カントク”。女性の絵が壁に描かれている。槍のようなものが突き刺さっている。手をのばすと、壁の板がいっせいに倒れ始め、その後ろから無数の女性の写真。母親? 鳴りつづける電話。“カントク”が受話器をあげる。

・夜、まだ石をならべつづける“彼女”を迎えにくる“カントク”。<以下ネタバレにつき白字>母親から電話があったことを告げる。明日、会いにくると。勝手に電話に出たことをなじり「あんたもいなくなれ」と叫ぶ“彼女”。現実から逃げるなと“彼女”を追う“カントク”。いなくなれといったのになぜいなくならないの? と問う“彼女”に、きみのことが好きだからと真顔でいう。ウソだという“彼女”に、好きだとくりかえす“カントク”。“カントク”の胸に顔をうずめながら「なんでやさしくするの?」と“彼女”はきく。「なんでだろうなあ」つぶやき、“彼女”をつれ帰る“カントク”

・「いなくなれ」は“彼女”がちいさいころ母親が父親にかけた呪いだった。“彼女”は母親に「いなくなれ」といわれないようにがんばったが、誕生日にいわれてしまったという。誕生日に、初めて姉のおさがりではない赤い傘と赤いくつを買ってくれたのに、母親は古くなったからいらないとそれを捨ててしまったのだという。それを見たとき、“彼女”は自分もいつか捨てられると思い、だからみんないなくなれと呪いをかけたのだという。そして呪いがかなうのは、誕生日なのだと。

・翌日。母親と会う。自分の苦しみを語り、“彼女”を愛してあげられなかったかもしれないと後悔を口にする母。さびしいから帰ってきてほしいとの言葉に、“彼女”がさびしかった頃は無視してたくせに、いまさら自分が寂しいから呼びにきたのかと泣き叫ぶ“彼女”。そのとおりなの、と泣きながらこたえ、ごめんなさい、待ってるから、と“彼女”の手をとり、母親は逃げるように去る。「これが君の現実だから」と“カントク”はいう。「きみの誕生日は、きみの生まれた日にやってくるんだよ」

・そして次の日。赤いカーテンを二人でひらく。まぶしい陽のひかりがさしこむ。カレンダーの12月7日に赤丸をつける“彼女”。「私の誕生日です」口にし、照れたように、静かに笑う“彼女”。
<以上ネタバレ>



 庵野秀明はおもしろい。いままで観た中ではすくなくとも外れがない。ほとんどの作品につよい吸引力が全編にあふれていて、目を離せない魅力がある。
 ただし、好きかと問われれば、きらい、となる。
 最初に目にした作品はエヴァンゲリオンだったが、二話めあたりからすでにイヤなにおいを感じていた。主人公がどっちつかずで無気力にうろうろしている雰囲気に、この作者は自分のことがきらいなんだなと感じた。それでも物語は激烈におもしろかったので、旧作である『ナディア』をレンタルビデオで借りてきてちょっと驚いた。ひどく明るい雰囲気で、登場人物は全員前向きで、同じ監督の作品かと目を疑ったが、海底都市の暗い雰囲気がみちみちた回を見て、やっぱりおなじ人だと得心した覚えがある。終盤のクライマックスの盛り上がりかたはすごかったが、その前の段階でかなり中だるみした部分も多かったし、ヒロインのナディアもすごくイヤな女の子に見えてうんざりする部分が多かった。
 むろん、エヴァの最終2話はひどいと感じた。物語に結末をつけることを放棄したつくりはいうまでもないが、最後の最後に主人公が「ぼくはここにいていいんだ!」と唐突に叫ぶ終わりかたがあまりにもしらじらしく、とってつけたようで、腹がたつというよりは呆れ返ったものだった。あれで解決したと本気で思っているのか庵野、と罵倒が心中うずまいた。
 映画版は、きちんと決着を描ききっていたと感じたが(それでも説明不足は否めないが)、映画館で画面を傍観する観客の画像が挿入されたときはやはり「またか」と怒りが膨れあがった。現実に帰れといいたいのだろうが、庵野秀明にそんなこといわれたかねえや、と強い反発が爆発したものだ。現実には日常でイヤというほどつきあわされている、せめて娯楽の時間くらい夢をみさせてくれ、という想いもあった。
 まあそれ以前に、創作者のはしくれとして、庵野秀明の圧倒的な才能に絶望させられていたこともあったのだが。いまや世界の庵野と自分とを引き比べる滑稽さはむろん自覚しているが、それだけによけいに腹が立った。
 それでもやっぱりおもしろい。
 この『式日』も、やはり庵野節だ。最後まであきさせない。嫌われること、見捨てられることを極度におそれる登場人物たち。ときに凶暴で理不尽な攻撃性へと転化し、おびえと自虐の自閉と落ち込んでいく。
 そしてエヴァ終盤と同様に、<以下ネタバレにつき白字>説教くさいセリフを“カントク”が吐く。現実と向きあえ。ただし、エヴァのときほど反発は感じなかった。この作品に描かれている“カントク”が、ただおだやかに、混沌とした少女を受け止めつづけた姿に好感を覚えたからかもしれない。中盤、少女を邪険に扱う部分も挿入されていたが、あのあたりも嫌悪感よりは共感のほうが圧倒的につよかったせいか、むしろ“カントク”に同情を覚えるくらいだった。現実に帰れとのせりふもそれほど白々しくは感じなかったし、最後の“彼女”の笑顔も非常に自然にみえた。碇シンジの「ぼくはここにいていいんだ!」<以上ネタバレ>とは雲泥の差だった。あの無理やりさはここにはない。もっとも、藤谷文子のあどけない笑顔はもともと藤谷文子自身がもっていた武器ではある。
 ただ──この結末がハッピーエンドだとは思えない。庵野監督もそう想定しているのかどうか。
 期待と警戒。受容により一転した過剰な依存。見捨てられることへの不安から恐怖への変容。懇願。怒りと拒絶。混乱のループは母親から受け継がれたものであることは明白だし、母親の家族歴も同様であることは容易に推測できる。、<以下ネタバレにつき白字>“現実と向きあった”ことで再び母親との関係を回復させ、一段階程度は発展させられること<以上ネタバレ>くらいなら予測できるが、根本的な問題が解決されたとは思えない。
 それでも、カタストロフは感じられた。そのこと自体が、庵野監督の意図、というか芸術に対する希望からはかけ離れた反応なのかもしれないが。

 それにしても、これの原作が藤谷文子だとは驚き。
 完全に庵野監督の自伝だと思って観てた。

付記1:藤谷文子の原作はベースになっているってことらしい。読んでみたいもんだね。
付記2:本屋で見かけた庵野本によると、上のようなAC分析&癒しみたいな読みかたは、庵野秀明の手のひらの上、みたいなことが書いてあった。何? 私の読みかたが浅いってこと? もっと深い意味や意図があるってか? 批判は浅はかだってか? そうですかそうですか。でも具体的にどう浅いのかって、たぶんだれも教えてくれないんだろうな……。本にも書いてなかったし。



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※文中の画像はAmazon等へのアフィリエイトリンクが含まれます。
※この記事は2009年03月30日 00時43分30秒にアメブロに投稿した記事を転載したものです。
 またこちらへの転載に伴い、アメブロおよびBloggerのミラーサイトに掲載した元記事は削除いたしました。
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